第783回:TPPと医療について(1)

地方政治新聞「民主香川」に、2016年1月から「社会保障はどうなるか」というタイトルで、社会保障改悪の内容の連載を始めました。2016年2月21日号(第1698号)に掲載した、「社会保障はどうなるか(2) TPPと医療について(上)」で、一部修正しています。

TPP協定(環太平洋経済連携協定)の署名式が、2016年2月4日(日本時間)、ニュージーランドのオークランドで行われました。

この協定は、2年以内に、参加する12の国すべてが議会の承認など国内手続きを終えれば発効します。しかし、2年以内に手続きが終わらない場合、12カ国のGDP(国内総生産)の85%以上を占める少なくとも6カ国が手続きを終えれば、その時点から60日後に協定が発効します。

日本のGDPは17.7%、米国が60.4%ですから、いずれかの国の手続きが終わらなけらば失効します。また、2つの国だけで加盟国の全体の78%を超えるため、日本と米国以外の、GDPが比較的大きな4カ国が手続きを終えれば、2018年4月に発効します。

TPPが医療にどう影響するかを考えてみます。

新しい薬の製造販売承認をするには審査が必要ですから、一定の期間がかかります。米国はこの審査期間の分だけ特許期間を延長するように求めてきました。

TPP条文(※)の「第C款 医薬品に関する措置」の「第十八・四十八条 不合理な短縮についての特許期間の調整」では、以下のようになっています。

1 各締約国は、不合理又は不必要な遅延を回避することを目的として、効率的かつ適時に医薬品の販売承認の申請を処理するため最善の努力を払う。

2 各締約国は、特許の対象となっている医薬品については、販売承認の手続の結果として生じた有効な特許期間の不合理な短縮について特許権者に補償するため特許期間の調整を利用可能なものとする

つまり、米国の要求通りに、特許期間の延長が可能になる仕組みになっています。

日本では、製薬企業の利益を優先して高薬価を維持する「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」(新薬加算)がありますが、TPP承認とは別に、これを拡大する仕組みが検討されています。新薬加算は、新薬の開発費の確保などを口実に10年から試行導入したものですが、14年までに2180億円が費やされ、対象品目の薬剤費は総薬剤費の3割に拡大しており、薬剤費が減らない主要な原因となっています。また、外国の薬価が極端に高い場合に日本での薬価が跳ね上がるのを防ぐために「外国価格調整制度」を作っています。

しかし、第26章(透明性及び腐敗行為の防止)には、附属書26-A(医薬品及び医療機器に関する透明性及び手続の公正な実施)が含まれており、「新たな医薬品又は医療機器に対する保険償還を目的とする収載のための手続き」について、「検討を一定の期間内に完了することを確保する」ことや、「独立した検討過程」を設けて、保険収載しない場合には「決定に直接影響を受ける申請者」が、不服審査を開始することができるとしています。日本の薬価を決める仕組みに対して、米国が直接口出しできる仕組みづくりといえます。

ジェネリック医薬品の拡大に対して大手製薬メーカーを保護する仕組みとして、「特許リンケージ制度」が導入されます。ジェネリック薬企業から製造販売承認の申請があると、政府が、当該医薬品にかかる特許権者(新薬の開発企業)に通知を行い、特許権を侵害していないか確認することを義務づける制度です。特許権者が訴えを起こした場合は、製造販売の承認審査が停止されます。

したがって、ジェネリック薬品が流通しにくくなります。その結果として薬剤費は高止まりし、医療費はますます増加することになります。

韓米FTA(自由貿易協定)や豪米FTAでもこうした通知制度が設けられ、薬剤費が高騰したと伝えられています。

TPPは、日本の医療保険制度を根幹から破壊するものだといえます。

 

※TPP協定の仮訳文は、下記のアドレスに掲載されています。

http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/tpp_text_kariyaku.html