第886回:肥田舜太郎先生を偲ぶ会に参加しお別れの言葉を述べました

5月7日、さいたま市内で、医師として被曝者の支援と核廃絶の運動において尽力し多大な功績を残した、肥田舜太郎(ひだ・しゅんたろう)先生を偲ぶ会が、開催され約450名が参列しました。

医療福祉生協連は、日本原水爆被害者団体協議会をはじめとする6団体で構成される実行委員会の構成員として参加し、私は代表理事会長理事として、お別れの言葉を、述べました。以下、大要を紹介します。

私は、医師として、先生の活動に心から敬意を払うとともに、先生の活動を引き継ぎ、後世に伝えていかなければならないと思います。

原爆投下により、その時に広島・長崎にいた方だけでなく、新型爆弾が投下され、甚大な被害が出ているという情報により、多くの方が被災者救援のため被爆地に入り、入市被曝を受けました。また、家族や親戚などの捜索で入って方たちもいます。核兵器がどのような被害をもたらすか、私たちはこれからも核兵器の使用はもちろん、核兵器を持つことも絶対に許さないという声を上げ続けなければなりません。

いま、国連では、核兵器禁止条約の締結に向けた交渉が進んでいます。核兵器に「悪の烙印」を押し、核兵器の使用、開発、保有、輸送を、幅広く禁じる条約を速やかに成立させ、肥田先生の思いを実現する取り組みを進めていきたいと思います。

私も、一人の医師として、被爆者医療に携わるものとして、肥田先生の活動に学びながら、歩んでゆきたいと思います。